nokatachi

2021/03/14 12:52











1,形を作るとは、自らに向かって整える事

2,消費者/作品/生産者の関係がある

3,自己対話の場合、一つの石から複製する

4,純粋なものを作る。外部の否定を積み重ねて自己を規定しこれを循環させていく。

5,コミュニケーションとは、類似を利用して差異を伝えることである。

6,作品の価値の作り手は消費者にあるため、消費者に要求するのは積極的な協力である

7,作品の価値は消費者の文脈次第

8,作品とは消費者にとって「ある活動の起源」



月布川は、源流は小朝日岳から最上川に合流するまで、大江町域をその流域としている。

月布川は、蛇行を繰り返しながら流域の集落の飲料水を供給し、いくつかの用水路によって農業用水ともなる。大江町内の各地区は大半が依存し、月布川の恵みを受けている。かつて薪材を流したり、丸太材を川狩りしたのもこの川であり、鮎、マス、ハヤなどの魚族が捕獲されて、食卓にのぼるのも多い。

上流は花崗岩地帯が多く、滝壺も大きい夫婦滝がある。秋には産卵場所を求めて、イワナが悠々と泳いでいる。ここは羽衣の伝説から命名されたらしい。大江の民話に「天人の羽衣」がある。


「キャプション」

石<交感>

人類学者のハロウェルがカナダの先住民オジブワのもとを訪れた際、そこの首長に尋ねます。「ここらの石はみんな生きているのかい?」というのも、オジブワ語ではまるで石が生き物であるかのように扱われていたからです。しばらく考え込んだ末に首長が答えます。「そうじゃない。でも生きている石もあるんじゃ」観察したところによれば、石は自ら動くし、人が話すように音を立てることがある。石は動く。石は話す。考えてみれば、石は自分の重さに耐えかねて斜面を転がり落ちることがある。いや、石は水や氷や波によって運ばれることもある。石は確かに動く。石は石同士を打ち付けあったり、他のものに打ちつけたりすると音が鳴る。話すということが耳で感じ取れるようにするってことなら、石だって話すことがあるんじゃないかと。

交わるからこそ納得できる世界の姿がある。それは詩的感性が捉えた世界の姿です。


東洋の生き方の根本原理は、対立は全て両極的で、明暗、勝ち負け、善悪などは同一現象の異なった側面に過ぎないという考え方


中沢厚氏は丸石神研究として、丸石神は魂の入れ物なのか。丸石神は地域独自の信仰として長期間根付いている。それはどのような信仰理由があったのか。(問題定義)


柳田國男は著書の石神問答で、岩石信仰に境界神的役割があったと明示する。


野本寛一の研究で明確になったのは、石を動かして祭祀を行う事例が豊富にあることと、それぞれが共通性を持っているということである。例えば石を拾うという行事が多く、拾ってくる場所は概ね海浜や川原であり、その時に水につける儀礼が散見されるという共通性。拾った石は神仏に手向けられて奉納物となったり、まかれて厄除けなどに使われたりすること。石を投げたり、石を持ち上げたりすることで祈願成就を占う風習が各地で類似して存在している。このように可動的に石を用いて祭祀を行うパターンが複数あること。


縄文時代の石棒、岩偶から始まる。古墳時代の磐座(いわくら・神のござ)

新石器時代の遺構・環状列石


五来重は、石を積むという行為の原型は、石で囲った環状列石や磐座の石積みから由来し、石を置いて死者を封じ込める黄泉国神話と同じ供養の意味を持つとみなした。











note22:「トゥユカ族の世界知」
note31:「アイヌの世界観と動物の世界」
note34:「運動それとも市場」
note36:「日本民族」
note38:「山岳信仰」
note39:「熊祭り」
note47:「アイデンティティ」
note50:「比較民族学」
note51:「光悦考-1」
note52:「光悦考-2」
note53:「光悦考-3」
note54:「光悦考-4」
note55:「光悦考-5」
note56:「古人類学-1」
note57:「古人類学-2」
note58:「古人類学-3」
note59:「陶工-1」
note60:「陶工-2」
note65:「ミメーシス(模倣)」
note66:「デカルト」
note69:「ケルト」
note72:「陶土」
note82:「ユカギール人の死生観」
note83:「ユカギール人の住まうことの視点」
note85:「やきもち焼きの土器づくり」
note87:「土器」
note88:「ホモ・サピエンスと環境サイクル」
note89:「日本列島内における古代の人の分布」
note90:「霊長類の移動」
note91:「縄文の編布と土器」
note92:「アリストテレス」
note95:「陶芸史」
note96:「神話の手法」
note97:「粘土を食べる」
note98:「近代化と柳宗悦」
note99:「火の<獲得>と技の<贈与>」
note100:「現代人類学(100やってみて)」



飛鳥・奈良時代

釉薬の登場は鉛を溶解剤に使用した飛鳥時代から奈良時代であり、ガラス質の釉薬は液体の漏れを防ぐと共に装飾効果をもたらした。

水田・畑・水路などを通じて相互が結びつき村落を構成した。


平安時代

平安時代後期から鎌倉、室町時代にかけては、六古窯(瀬戸/愛知県、常滑/愛知県、越前/福井県、信楽/滋賀県、丹波/兵庫県、備前/岡山県)が形成される。


鎌倉時代(14世紀の南北朝時代)

名手の住宅は、畳のしかない板の間で床を高くし部屋の仕切りの板戸も備わった住宅、下層の農民は土間にスノコを敷いて暮らしていた。


室町時代

村の周りを掘りで囲んだ環壕集落と呼ばれる村が多くできた。屋根は藁葺きが多く、板葺きの家もあった。武家屋敷は部屋の上部に天井板が出現するなど構造上の変化が著しい。

室町時代15世紀末ごろには、窯の改良が進み、大窯が作られ、新たな生産体制が形成されていった。桃山時代には茶陶が開花する。不完全性に美しさを見出す新たな美意識が普及した。16世紀末には唐津に最初の登窯が作られた。日本初の磁器を焼造した有田。


江戸前期(貞享暦・太陰太陽暦/二十四気/雑節)

土間に藁を敷いて寝る。城下町では武士が武家屋敷を構えて移住し、その周辺に町人が職種ごとに町屋敷をつくった。当時二階建てはまだ珍しかった

綿は晴れ着で、麻は作業着で便利だった。


江戸後期

大火の後に寺院や武家屋敷の郊外へ移転し、都市域は周辺に拡がっていった。


明治期

政治、社会、知の領域で、巨大な変化が起こった時代である。西洋からの軍事的圧力と、内乱による騒然とした時期が過ぎた後、徳川幕府は崩壊し、この国は天皇と中央政府の元で統一した。

この時期に進化論も含めた理論が人気を博した時代だった。

明治時代には、国家指導のもと西洋技術の新たな導入があり陶磁器は新たな輸出産業として開花する。ー明治以降は。石炭窯ー重油/灯油窯ーガス窯/電気窯へと使用燃料が近代化


大正・昭和戦前期

大正から昭和にかけては、個人の表現としての焼き物と個人作家が誕生した。一方で無名の陶工たちの仕事に対しても目を向けさせ、柳宗悦らが民芸の美を見出す。


大正から第二次世界大戦で終戦を終えた1945年(昭和20年)に至る30年間の大正・昭和戦前期は、戦争に明け暮れた時代である。第一次世界大戦、シベリア出兵、満州事変、支那事変、太平洋戦争と続き、日本の敗戦で終結する。


戦後期

戦後は日本の前衛生け花の元、陶芸のオブジェが誕生する。

1990年以降の顕著な傾向。1濃厚な装飾/デコラティブな傾向 2 人形的偶像性の傾向 3 手捻り主体のバイオモルフィックな造形の多様化 4 シンプル・シャープ・ストイック 5 磁器の新展開  

住宅団地の建設が始めり鉄筋コンクリートの5階建てのマンションが建設される。









茨城県の窯元でお世話になっていた時の焼締作品(尺皿)

赤松を使用して焼きます。

丸石器も焼締で焼きます。