nokatachi

2021/08/29 22:02



そして私たちが食べる主体になることである。私たちは食べる客体なのだ。現在食べる行為は、生産ラインの尻尾にくっつくおまけでしかない。食品に関わる産業は、消費者が生産物を口に入れること、そうでなくても購入してくれることを見届ければ仕事は完了する。食べることは分解過程のネットワークの一部であり、常に受動的でもある。


(分解、排泄は個人の問題のようだ、だから意識する必要がある。生産ラインは食べやすく加工することで人の身体を口から肛門までを短くしたとも書いていた。人の身体の中に食物が滞在する時間が短いということだ。人の身体の中で像が立ち上がらずに通過してしまうことは問題なのだ。)

(受動的であるということは、野菜を育てる・山菜を採る・それ以外の事も受動的なのだ。結果、料理を作ることも受動的なのだ。ということか!)