nokatachi

2022/11/20 11:52

前回の自然→調理→食卓の調理部分で、自然から採集/収穫された食べられるモノは切り離される内容を書いた。

そして、ノカタチが起業当初に知りたかった問いである「モノが持つ雰囲気」とは何かを改めて考えている。


近代というスタンダード化された時代をフィルターに、中沢新一の「モノ」の考えを[緑の資本論]の著書から学ぼうと思うのだが、その前に今一度、日本の茶の湯について確認をしておきたい。

それは美味しいには文化が根強く関わっているからだ。美味しいを化学的に捉えれば一つは「うま味」に行き着くだろう。それはいくつかの物質、イノシン酸、グアニン酸、グルタミン酸が結合して生じる。これをカプセルで摂取して美味しいと感じたとしても、それは求めている美味しさではない。さらに言えば、みんなで食べるから美味しいも求めてはいない。

食べる行為ができるモノ、そのモノを知る必要がある。



茶の湯料理のことを懐石という。

懐石料理という場合は、茶の湯を離れて料理だけが出される料理屋料理となった時である。これは懐石風料理ということだ。現代の懐石料理は宴会料理であるから、飯・汁は料理の最後に出る。しかし、茶会の懐石では最初に出る。

懐石は懐に石と書くが、これは禅語の温石(おんじゃく)という言葉があり、修行中のひもじさに耐えるために温めた石を懐にするという意味がある。ここで言う腹を温めるというのは、腹の虫を抑えることである。

千利休が活躍する16世紀になってくると、他の宴会料理と茶の湯の料理を区別しようという意識が生まれてくる。

いわゆるわび茶の感性は、料理の内容に至るまでわびという美意識で貫き、新しい料理のスタイルを想像したのである。この頃、茶の湯座敷で飯のおかわりが出ており、それをもって「数奇」がかったもてなしである、としている。


日本の喫茶習慣は400年毎に節目があった。

1200年前から始まる。その頃は平安京の時代であり茶が中国から伝来したが忘れられてしまう。

それから400年後の鎌倉時代に再び茶が入ってくる。この茶は抹茶の生産と飲用の方法であった。この喫茶習慣は武家社会に広がる。これで15世紀初期に茶の湯文化の芽が生まれた。


茶の湯は主客が肩を寄せ合うようにして始まる。はじめは強い緊張感があるだろう。しかし次第に食事が進み酒が酌み交わされ、静かに茶碗を啜り合う頃には緊張感は緩んで、主客の間に強い共感・連帯感が生まれるように演出がされる。

主客一体感を演出するのに、何よりも必要なのは飲食である。同じ器から分け合って食事をする。(さらに「引菜」という、客が自ら給仕するかたちで器ごと客から客へ手渡しする品が一品入り、それは主客の平等を示していた)

この懐石は、暖かくて十分に調理された料理が適当なタイミングで客の前に運ばれる順序を持った料理である。次に、全て食べ切れる料理であり、量が適切であること、食べられない飾りなどがつかないこと。そして料理に託された強いメッセージ性である。

(『日本料理の歴史』熊倉功夫  吉川弘分館  2007年)



この懐石という日本料理史の中で画期的な位置を占める特徴は、メッセージ性あるいは趣向という点を料理に加えたことであるようだ。それは季節感だったり祝いの心だったりである。このような懐石の特質を、趣向の面白さという点で引き継いで行ったのが日本の料理文化である。


しかし、利休が手段として用いた茶の湯は「侘び」の一貫性にあったように思う。これは殻のような空間等の内部でタマが成長を遂げていく、内包的強度を充実させる遊びだったのではないか。一度、NOKATACHIの考える食べるの近代化を「茶の湯」に定めたい。そして、それ以降を「資本」の方向と、それ以前を「山」の方向に向かってみようと思う。