nokatachi

2023/01/03 14:21






1. 題名
モノを食べる


2. 要旨
自然からモノを分けた時にヒトと自然に会話が生じる。モノに意味ができて、それをまた場に定着させる。何度か繰り返した後にヒトと食べあうことができる様に言語化できる。そして食べ合う行為がヒトを自然へと回帰させる。


3. 目次
食べるということ /「採取」「解体」「素材を食材に変える方法」「保存」「調理」「食卓」


4. 序論(論文のテーマやその意義・背景・独自性などを明らかにします)

山形県は以前、日本海側の秋田から山形、新潟の北部あたりや山間部にかけては、戦後間もない時期まで、カノと呼ばれる焼畑でソバやカブを作り、それを常食にしていた。

カブ漬けは冬越しの大切な食べ物とされていた。その傍らでは山の田圃を耕し、山菜・きのこ・木の実を採集し、冬の雪に埋もれた季節になると、猟銃をかかえて山に入り、山鳥や野兎を捕り、雪解けの季節には熊を狩る。


NOKATACHIの前身であるノカタチ食堂を始める時、「目には見えない想いを形作る事がしたい」という意味の店名にした。

食堂屋をしていた頃、誰のための誰の料理なのかが分からなくなり店を閉めた。そして友人に、山に行こうと誘われクロモジという香りの良い植物に出会う。

クロモジは主に、お茶にするのが手軽ですが乳製品にも合う。カッテージチーズを作るときにクロモジを加えると美味しい。


「お金で食材を買う」以外の選択肢は食べる行為の信頼を不安にさせてくれる。

お裾分けをもらうなら、その食材の信頼はくれる人にある。山から食材を採集したなら、その食材の信頼は山にある。


誰が作ったわけでもない食材は共同体から優しく引き剥がしてくれる。

誰かのために作らなければいけないと思っていた料理が、それを山に還元されることで、誰のためでもない料理になる。

NOKATACHIが考える「食べる」の信頼を山のように目には見えない関係性の中へ落とし込むことに、「NOKATACHIの美味しい」がある。


山形県の松例祭に参加させてもらった。年配の方や長く連続して参加されている方々は型として身に付き共同体として成っている様だったが、そこでは参加者が少なく私のような外の者が入っていい事になっていた。当時はそこで何がされているのか分からなかった。参加し続けることに意味があると言われたが、次の年は忙しさを理由に参加を諦めた。今ではそこで食べさせていただいた「トンブリのおにぎり」の美味しさだけが記憶の中に漂っている。


第二次世界大戦、高度経済成長と進み核家族化になり、インターネット、コロナと個人化し、さらに個人のアイデンティティが一つではなくそれすらも分散される現状に、既存の形だけの儀礼やそれにまつわる食は意味を成すのだろうか。

以前、ポッドキャストを聴いていて日本の小説家が宇宙でも、食べるものが変わったとしても食卓は変わらないと話していた。それまでの間に儀礼食の食べモノを読み解く。

宇宙にまで、無理に儀礼食と称して餅やトンブリのおにぎりを持っていく必要のないことを願う。



5. 方法(研究の対象・材料・手段など、詳細な情報を記します)

農業や山から採取、熟成保存した調味料の加工委託販売、料理の提供を通した聞き取りとフィールドワークを用いている。


畑は山形県北東部に位置する最上町にある。ここはアスパラガスが特産の地である。春~秋には父と作業をして、収穫時には4人の方に手伝いをしてもらっている。

車で山形市からは3時間ほど北上し山間を抜けていくと、途中の山には山菜やキノコがあるので時期になると山に入る。

多く採れると塩漬けにしますが、ほとんどは潰してバーニャオイルと合わせて調味料にして食べる。地域柄としては山菜は天ぷらにする事が多い。最上町だとトビタケぐらいしかキノコを食べるのは聞かないので、個人的な楽しみだ。調味料は県外のお店に委託販売し、そのお店でイベントがあると料理を作る。


[採取] モノから採る

3年前から春~秋にかけて山や畑で食べれそうなのを採る。友人や先人に教えてもらいそこでの食法を身につけていった。一年目は楽しいから行っていたが、2年目以降は身体が求める様になってくる。だんだんと依存する環境に巻き取られながら変化をしてきた3年であった。

山菜やキノコを摘んでいると猿のようにも思うことがなくは無い。いや、あんまりないがスーパーなどでしか買わなかった頃の私が見たらそう思いそうだ。

人類に近い種で500~600万年前に分岐したのはチンパンジーだそうだ。


野生の猿の場合では、生存にとって最も重要視されるカロリーやタンパク質の摂取速度を最大にすべく食物を選んでいた。

しかしそれはあくまで、それぞれの猿が住んでいる環境の枠内においての話である。

カロリーやタンパク質の摂取量を最大化するためにはできるだけ摂取しないほうがよかったタンニンや食物繊維をむしろある程度は摂取すべき方向に転換を迫られたのが現状だ。

これらは、寄生虫駆除などの薬理的効果を期待して積極的に利用されている。

植物食の動物にとっては、食物の摂取速度よりもむしろ消化速度の方が重要になる場合が起こりうる。動物からしてみたら餌となる植物も、花粉や種子の散布者として動物を利用している。植物が赤や黄色の目立つ色で花弁を彩り、甘い香りを発するのも、花粉を運んでくれる動物を惹きつける宣伝のためだし、甘い蜜を持つのも彼らに対する報酬なのである。


[解体] モノとモノを分ける

山形県天童市の鹿踊りを見てきた。

獅子頭の霊物視は狩猟時代の動物の祀り方に繋がっていくという見方を示す。

古来、人間の野獣に対する観念には重層性があったと考えられている。一つは、狩猟時代以来の毛皮や食肉提供に関わる野獣への感謝の念、聖獣感、又は殺生への供養観念であるようだ。もう一つは、農耕開始以降に作物を荒らす害獣への怖れと怒りであり、鹿や猪を駆逐または服従させたいとする観念である。

それに、自分が食べて出したものは次の分解者の食べ物でもある。

つまり私たちの誰もが、世界に漂う一本の綱の一部、長くて緩やかな時間のかかるプロセスの一部に過ぎない。


つまり食べモノは何か繋がりあっていて、それを離すと澱みなり均衡が崩れるからそれを収める必要があるのだ。


[素材を食材に変える方法] モノが変容する

幼少期に山形県の祖母の家で正月に家族みんなで、餅を食べた記憶はあるが意味は覚えていない。

同じ東北の岩手県の話だが昭和・大正時代には、正月を迎えるに際してイエの臼でついた餅を家族各人に分け、家族揃ってこれを食べていた。家族全員に等しく分与されること、それが新年を迎える年の変わり目に食される。自分に分与された年霊(餅)をしっかりと体内に入れなければならないとされていた。

環境に適した食法の身体性を有した人類が獲得した美味しいから、儀礼を通してさらに何か意味を食べていることが分かる。


マイケル・ポーラン氏の文献の中で、人は発酵の風味を、良くも悪くも強く感じる傾向にあるという。

おそらく人間は、アミノ酸の基本的な構成要素(旨味)と単純なエネルギーの塊(甘味=単糖)を好む味覚受容体を進化させてきたため、調理によってであれ発酵によってであれ、それらに分解された食品に、好ましい反応を示すようだ。

果物が熟す時に強い香りと味が生じるのは、動物を惹きつけて種子を運ばせるためだ。果物や他の食材を腐らせる微生物も、信号となる化学物質を放出する。

中には、競争相手を撃退するための化学物質もあるが、それ以外は誘引物質である。

発酵を担う微生物も、食料を食べ尽くした時には引っ越しを手伝ってくれるものを必要とするはずだ。


猿としての人と、モノとしての人がある。ここがごちゃごちゃするから分かりづらくなる。というか私には区別がつかない。人を人が判断するのも難しいのでそんなことはモノとしてのAIあたりに譲って、こっちはモノを理解することに専念しよう。


[保存] 変容したノをとどめる

取り過ぎた食材を塩漬けにするときは段階がある。①塩をもみ込んで灰汁と水分を出す。②水分を捨てる。③何回か繰り返した後、熟成へと至る。

反復される行為にはリズムがある。これだけの行為だが、気温による塩の量や出た水分を捨てるタイミング、置いておく場所の状況、大量につけるので重たいものを移動させる時の身体の使い方など、やってみると最初はぎこちなくなる。何回か見たりやったりしてコツを掴んで体得する。


後進の助産師は、仕事をしながらでも熟練師のお産の介助の技を見ながら、それをモデルにだんだん自分のHow toをイメージしながら学んでいると言う。

この「提示」は熟練助産師の分娩の技の習得過程において、まずは「形」を模倣してみたい、そして「形」の意味を自ら納得したいという衝動を学習者に覚えさせるという働きを持つ。


熟練助産師の分娩の技術だけでなく、母子との関わりや他の助産師のケア、つまり分娩の「場」全体に関心を向けており、そこから助産師としての価値観や責任感、信念を知ろうとする。そういった意味では「型」の意味の再解釈が行われているといえる。このように分娩という活動に「参加」することが重要な要素であると言える。


また、分娩という活動への「参加」では、二つの命に対しての責任を抱えた「緊張」

と、生命の誕生を「喜ぶ」感覚が生まれる。分娩という活動を共にする中で、この緊張と喜びという感覚を常に共数しているといえる。「提示」という非言語的な「

「リズム」「雰囲気」「タイミング」を状況依存的に示していくことで、感覚の共有への働きをも持つと言える。


一つのリズムを作るということは、ある活動の文脈の全体に対する、その人の「参加の有様」を決めることであるという。どういう「姿勢」で入っていけばいいか。そんな調子で加わっていけばいいかを決める。「私」がいつか「私たち」になる。

リズムに「のって」いる時、私たちはもはや「動き」(形)をしているのではない。一つの統一された「有り様に」自分の姿勢、構えを「同化」させているのである。つまり、感覚を共有できる「共同体」となると言える。


[調理] 言語化する

狩猟の過程は、鎮魂の過程とちょうど鏡面対象のような関係にある。鎮魂では、内包空間で充実しきった成長を遂げたタマが「かひ」の容器を破って、外気の中に物となって現れてくる。

ところが狩猟では、モノ(動物のからだ)の容器を破壊して、その中から森のタマを純粋な抽象形態で取り出して、人間たちが自分の体内に取り込むことで、幸福の感覚を味わっている。

..「モノとしての生命」という表現には、胡桃の硬い殻のような概念の内部に、複雑な構造と運動があるようだ。


日本の近代の雰囲気を谷崎潤一郎の「陰影礼讃」で見る。

「我々、東洋人はなんでも無いところに陰翳を生ぜしめて、美を創造するのである。美は物体に宿るのではなく、物体と物体との作り出す陰翳のあや、明暗にあると考える。」

モノは、意識の現象を生み出す根源的な力のことを表そうとしている。しかし、その根源的な力はハイデガーの言う「光」ではなく、いわば初めから柔らかい皮膚に包まれたモノなのだ。そしてその皮膚の表面は光と闇のマダラ状に混成系を成して陰影のうちから発散させている。


この発散させているのは「魅力」ではないかと考える。そのモノを食べたいという思いが、同一化へと繋がっていく。

なぜなら、谷崎は、食べる情景、そしてその体験を味覚だけではなく、音や光、色など五感全体で味わい、そのことに思いを巡らし「瞑想する」ものとして描写した。


[食卓] 人を媒介にしたノの交換

茶の湯は主客が肩を寄せ合うようにして始まる。はじめは強い緊張感があるだろう。しかし次第に食事が進み酒が酌み交わされ、静かに茶碗を啜り合う頃には緊張感は緩んで、主客の間に強い共感・連帯感が生まれるように演出がされる。

主客一体感を演出するのに、何よりも必要なのは飲食である。同じ器から分け合って食事をする。(さらに「引菜」という、客が自ら給仕するかたちで器ごと客から客へ手渡しする品が一品入り、それは主客の平等を示していた)


しかし、利休が手段として用いた茶の湯は「侘び」の一貫性にあったように思う。これは殻のような空間等の内部でタマが成長を遂げていく、内包的強度を充実させる遊びだったのではないか。



6. 結果

7. 考察・結論

8. 参考文献

マイケル・ポーラン 著/野中香方子 訳 (2014) 『人間は料理をする』NTT出版

菊地和博 (2012) 『シシ踊り~鎮魂供養の民族~』岩田書院

中沢新一 (2002) 緑の資本論集英社 

安井大輔 (2014) 『food syudies guidebook』ナカニシヤ出版

生田久美子 北村勝郎 (2011) 『わざ言語』慶應義塾大学出版会 

中川尚史 (1999) 『食べる速さの生態学 猿たちの採食戦略』京都大学学術出版

野本寛一 (2005) 『栃と餅』岩波書店

引用文献

https://www.nokatachi.info/blog/2023/01/08/092322


随時、更新中。



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https://www.nokatachi.info/blog/2020/10/12/233448