nokatachi

2022/05/23 22:32

育てている売り物のアスパラガスのお裾分けのお返しで貰った姫筍。

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食べ物の多くは商品の内に過ぎない。産業製品の消費者は確かに食べ物を求めているが、医療、衣服、スマートフォン、休暇旅行、ビデオゲーム、音楽、テレビ、そして気持ちよく眠れる場所も同様に求めている。
農業用の動植物を一般的な技術的プラットフォームと見做し、その最終的な利用を産業経済の優先順位によって決定するべきであるとする産業哲学がある。
また、農業生態学では、モノカルチャーには見られない、植物、土壌、動物の相互作用と農村コミュニティの開発に焦点をあて、動植物間の相補性を効果的に活用する管理集約的な方法を適用している。
農業を、単なる技術的なプラットフォームとしてではなく、一連の人間の活動や社会制度であるとみなす哲学だ。
そして、将来のフードシステムの組織化には、商品の効率的な生産以上のものを表現したものである必要があるかもしれないという。
参照文献:(2021)  ポール・B・トンプソン【食農倫理学の長い旅】
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食べ物が生産〜消費される過程で、自分を通り抜けていくモノが、いつ所有していると思うようになるのか。
所有を諦めるよりも先に、勘違いをする瞬間を農作業をしながら考えている。
雑草をとっていても、収穫をしていても、袋に詰めても、私のものと思うことはないが、
ラベルを貼ると妙な責任と緊張感が所有を意識させる。
フードシステムだと消費の次は再活用(燃料化/コンポスト)だ。