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nokatachi

NOKATACHI The outline of eat.
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  • 01

    温泉塩

    余り取れないので少量だけ山に感謝して使っています。 (暮らしている町の山奥の飲泉)
  • 02

    採集

    生活圏内の環境から食べれる食材を見つけてくる。毎年同じところに出てくる食材に愛おしさを感じます。
  • 03

    塩漬け

    食べれる時間を延ばす。食材にある旬をずらして密かに楽しんでいます。

NOKATACHIは採集食と栽培食から漬ける。 発酵させて保存。またはコンポストにして土壌に帰す。そうしてみんなで食べていく。

なぜ、採集食なのか?

不耕作のあるべき姿がある。その中で「採集」は身の回りにある自然を生産的なものとして捉え、自らもその一部であると考え自然界とつながる事を意識して食べる行為である。
採集は極めて身体的である。自然の中に存在するものが食べれるものだと認識する事であり、食べたいと興味を持つことでもある。
自分と関係のある「場所」として見る眼差しを持ち、その中に自分を置いてみることで新たな美味しいの発見を目指す。
なぜ、栽培食なのか?

「農」は植物や動物を注意深く世話し育てる営みである。
「稲のことは稲に聞け」と言われるように、それは相手のニーズを読み取り、これに応える事を意味する。それを通して大地に恵みを与えるのである。それを口にする事で「食」の営みともなる。
山の麓にある耕作放棄地を、堆肥や緑肥で土壌を活性化した後、不耕作地へと転換し栽培を続けていく。それは土壌に炭素を蓄え山を再生する試みである。
なぜ、食べるのか?

人類は狩猟・採集・農耕・漁撈・牧畜・醸造と行った実践の中で受け継ぎながら、それぞれの文化的な可食性の基準に沿って、ユニークな料理の実践を編み出してきた。
どのような素材を、いつ、誰が、どのように料理したら、食べられる様になるのか、そしてその料理は、どの様な状況で、いつ、誰と、どの様な作法で食べることができるのか。これらの基準は、社会集団のアイデンティティに関わる「可食性」の問いに結びついている。 それは、個人の嗜好の総和以上のものであり、より強力な道徳的規範と結びつきやすいからである。

Foodlog採取したものを食べる